大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

沼津簡易裁判所 平成2年(ろ)34号 判決 1992年4月16日

主文

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人に対し、仮に右罰金に相当する金額を納付すべきことを命ずる。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、別表記載のとおり、平成元年四月一〇日ころから平成二年一月二二日ころまでの間に、大阪府堺市甲斐町東一丁一番四号所在の有限会社永田刃物本店において、いずれも刃渡り一五センチメートル以上の刀合計七振を所持したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、

1  被告人が所持していた本件刃物は、包丁儀式のための儀式包丁であって、銃砲刀剣類所持等取締法(以下単に「銃刀法」という。)の規制外のもので、同法で規定する刀剣類には該当しないものである。

2  被告人は、本件刃物を日本料理の伝統的儀式を支える四条心流の「式包丁」として製作し所持したものであって、違法なものとの意識はなく、その意識しなかったことにつき相当な理由がある。

日本料理の伝統を伝える流派の一つである四条心流の儀式包丁は、本件と同種のものを使用してきており、他に二流派も同種のものを使用し、右各派は、長年に渡ってその儀式包丁を使用して包丁儀式を行ってきている。しかも、その儀式は公開の場で行われ、その様子は、パンフレット等で紹介されていたもので、その間警察当局からの注意や指導等は一切なかった。

さらに、四条心流の包丁は、従来「かね惣」こと平野栄造が作成してきたものであり、また、ミナモト交易株式会社が同種儀式包丁をカタログ販売してきたことからも、以上のことを知っていた被告人としては、注文を受けたとき、むしろ名誉なことと考え、適法なものとして製造し所持したものである。

3  本件と同種の包丁は、四条心流ほか二流派の関係者が多数所持していること、前記「かね惣」の作成、ミナモト交易株式会社のカタログ販売など、他に多数の者が所持していることについては不問に付し、被告人とその販売員古林(別途略式起訴)のみを起訴したのは、検察官の予断と偏見に基づく差別的起訴で訴追裁量権を逸脱したものであり、公訴権の濫用である。

4  犯罪成立のためには、単に違法であるだけでなく、実質的に見て犯罪として刑罰を加えるに足りる程度に違法でなければならず、本件は、前記主張事実からして構成要件該当性を欠くか、実質的違法性を欠き、可罰的違法性がないものである。

と主張する。

二  以下に右主張について判断する。

1  銃刀法二条二項にいう刀剣類とは、社会通念上「刀」、「剣」、「やり」及び「なぎなた」並びに「あいくち」のそれぞれの類型にあてはまる形態・実質を備える刃物を指称するものであると解されているところ、本件刃物は、いずれも刃渡り三二・二ないし三三・四センチメートルで、白柄に目釘で固定され、「はばき」があって、白鞘に収められたもので、その刃には波紋が観察され、磁性を帯び、材質は、炭素鋼でできているものであること、切先及び刃が鋭利であって容易に人を殺傷しうる危険性の高いものであることが認められ、結局、本件刃物は、社会通念上いわゆる片切刃造りの「刀」の中の「脇差し」に当たるものであることは明らかで、銃刀法二条二項の刀剣類に該当するものであることが認められる。

銃刀法は、右に言う刀剣類の所持を一般的に禁止した上、法定の除外事由を定めており、これを所持する必要がある一定のもので許可を得た場合も除外されているものであって、本件同種の儀式包丁が、銃刀法の右のような規制の対象外であるとの主張は、採用できない。

2  被告人には、違法性の意識がなかったとの主張について

四条心流ほか二派が、包丁儀式の際、本件のような刀型儀式包丁を公開の場等で長年に渡って使用していたこと、また、本件と同種の刃物が儀式包丁として一部の業者が販売し、あるいはカタログに載せて宣伝をしていたこと、また、昭和六〇年六月ころ被告人は島田一男から儀式包丁の作成を依頼され、右島田のため作成した刃物と同種の見本を作り、販売担当の古林の受注のままに、その販売先の流派、資格を調査することなく、当時包丁儀式に直接関係のない調理師に次々と売ったことからその所持につき本件訴追にいたったことがそれぞれ認められる。

一方、包丁儀式を行う諸流派の総てが本件と同種の刀型儀式包丁を使用しているものではなく、流派によっては包丁型を使用していること、銃刀法の趣旨を考慮して従来使用してきた刀型を包丁型に変えた流派もあること、また、前記島田の儀式包丁作成の依頼を受けた際、「かね惣」作成の本件刃物と同種の刀型儀式包丁の見本を見て、被告人は、刀に当たるかも知れない、とか、暴力団に渡ったら困る、と思い、このようなものを作ってよいか迷ったが、伝統ある流派の儀式に使うなら許されると思ったこともそれぞれ認めることができる。

被告人は、長年に渡って刃物の製造販売の業を営んできた者で、その取り扱う品物の危険性からみて、製造する刃物が違法であるかどうかについては通常人以上の特別の注意が要請される立場にあったものであり、さらには、前記各認定の事実から総合考慮すると、本件刃物のような形態と実質を備えるものについて、既に所持している場合それが許可を得て所持しているものか、販売している場合どういう資格の者に売っているか、新たに作成しあるいは所持する場合、法律上いかなる制約があるか等について十分に検討すべきであったものであるのに、被告人は、ただ安易に違法でないと思ったにすぎないものと認められ、そこに違法性を意識しないことについて、相当な理由があったものと認めることはできない。

3  検察官の裁量権の逸脱が、公訴の提起を無効とする場合があるとしても、単に逸脱があったから無効となるものではなく、その逸脱が極めて著しく、極限的な場合にのみ認められるものと解すべきであるところ、前記1及び2に認定のように、本件同種の刃物の所持者等が他に多数あり、それらが訴追されなかったとしても、本件のような販売のために作成し、その所持につき訴追された被告人の場合は、これに当たらないことは明らかであり、弁護人の主張は採用できない。

4  本件刃物は、前記1認定のとおり、容易に人を殺傷しうる危険性の高いものであって、その見本を販売員古林に持ち回らせて注文を取り、次々と作成の上、包丁儀式に直接関係のない調理師に売り渡したことからその所持につき訴追された本件においては、前記のいかなる事情があったとしても、その行為の招来すべき危険性からみて、これを実質的違法性がないとか、処罰に値しないものとは到底言えないものであって、可罰的違法性を欠く旨の弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示別表1ないし4の各所為(2及び4の各複数所持の所為はそれぞれ包括して)は、いずれも行為時においては平成三年法律第五二号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の四第一号、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条に、裁判時においては右改正後の銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の七第一項一号に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑にそれぞれよることとし、各所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金二〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法三四八条一項を適用して被告人に対し仮に右罰金に相当する金額を納付すべきことを命じ、訴訟費用については、同法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例